大島博光全詩集

  千曲川その水に

   

 千曲川 その水に
 ─その名の水にきざまれしものここに眠る
            ─キーツ墓碑銘

吹く風が 足跡を残してゆく水
嵐の日には 怒り波たちさわぐ水

その水に わたしは青い魚を見た
その水に 春の夕ぐれ笹舟を流した

その水のほとりで わたしはたべた
むらさきに熟れた 桑の実をもいで

その水の深み浅みを わたしは
太陽や泡といっしょに 泳いだ

その水に映った 菫の花に見とれた
その水に わたしはきみの名を書いた

その水に 働く姿を映した人たち
麦踏みをし 桑摘みをした人たち

その水べにも 血まみれの地獄があり
呻きや怒りや 叫びやたたかいがあった

五加村の人びとの 闘いの雄叫びは
いち早く ものの本にも書きこまれた

皆神山の王のための 地下壕は
朝鮮の人たちの血で 血ぬられた








その水の岸べを 旗をはためかせながら
歌いながら 進んでゆく若ものたち

聞けば 開発の波がおしよせてきて
その水の岸べを 削り荒らしているとか

だが わたしの心のなかの水の流れを
だれが汚し 奪いとることができよう

その水は わたしの夢のなかを流れ
その水は わたしの血のなかを流れ

わたしの生まれる ずっと前から流れ
わたしの死んだあとも 流れつづけ

その水に わたしは生を飲んだのだ
千曲川よ

          (一九九一年)