四月の夜の幻想(ファンタジー)
アントニオ・マチャード 大島博光訳
四月の夜の幻想(ファンタジー) セビリヤか(*1)……グラナダか(*2)……月の輝く夜 曲がりくねったイスラム風の狭い街通り 白い壁と暗い窓 閉ざされた鎧戸 おろされたブラインド 空は四月の薄いヴェールに蔽われている 陽気な酒はわたしに 道を指さした わたしは酒の黄金の忠告をきき入れる 酒はしばしば 夢へ通じる階段だから 四月と夜と陽気な酒が 声をそろえて愛の歌を合唱した 街の壁に 影はさまよう幽霊を 浮き上がらせ 夢想は描き出す マントをはおり 目深にソンブレロをかむり 剣をまっすぐに立てた りりしい騎士を 月は白い夢を注いでいた 迷宮のなかのように わたしの夢は 街から街へとぐるぐる廻わった わたしの影は この迷宮の曲りくねった魔法の道を辿った 閉ざされた 小さな秘密の広場をもとめて│ 月はその甘美な白い光をまき散らしていた 家と 花咲いた明るい窓は 月の白い夢よりももっと白い 水仙や白いジャスミンに飾られ…… │奥方さま どうやら夜も遅くなりました…… あなたわたしに待ってるようにと言われました (付き添いの老女が燭台をもってくる) わたしはよく承知しています 奥方さま 星の降る夜 月の光のしたで あけぼのを求める わたしの浮かれた影は まさに空想の魔(シメール)(*3)でありましょう たとえ 白い夜の空想魔(シメール)が 月から 光の王座を奪いとるというのは 真実でないとしましても おお 甘美な奥方さま 明るく空にまたたく 明けのひとつ星よりも美しく清らかな奥方さま どうして わたしの愛の夜の嘆きを じっと黙ってお聞きになるのです? だれがあなたの声を水晶にしたのでしょう?…… 白い空想の魔(シメール)は夢みている風に見える 老女が暗い部屋からうかがっている │奥方さま もしもあなたが 闇のなかで 待ち伏せするもう一つの影を怖れられるなら どうか わたしの剣におまかせください ついいまも わたしの剣は月に聞いていました │奥方さま わたしはあなたに似て きっと時代おくれでありましょう? あなたはまことに言葉の少いお方です わたしのゆったりした影 伸びた剣 羽根飾りのついた縁なし帽子などが きっとあなたを驚かせたのでしょう?v あなたは イスラムのガズール(*4)の囚人なのですか? おっしゃってください そうすればわたしの愛は かってイスラム風の窓が聞いたこともない やさしい歌を 一弦琴(グズラ)の音(ね)で奏でましょう わたしの一弦琴(グズラ)はあなたに歌いましょう 月の夜を 四月の月の清らかな光を そうしてアラビア風の中庭(パテオ)の 明るい銀色の哀歌を そうして望楼や窓べに 春の祈りの香りを運ぶ夜の歌(セレナード)を ひとりの白い月の幽霊の愛の歌を わたしの一弦琴(グズラ)は奏でるでしょう 好色な編毛の女(ひと)に 踊りの歌を やわらかい夢のリズムを ヴェールで蔽われた もの憂げな顔にひらめく稲妻を 湿った香りを 閉ざされた庭園を わたしの一弦琴(グズラ)は奏でるでしょう 死にいたるハレムの芳香を 奥方さま わたしの愛の詩集には また白い神秘の歌もございます とても甘美で やさしくつつましい歌です アンダルシアのイスラム風庭園(*5)の香りを歌い アラビアの輝く星々をうたっているのです 静かだ……夜ふけ おだやかな月が イスラム風の白い窓を照らしている 静かだ……苔(こけ)が生え きづたが 石の壁をゆっくりと引き裂く 四月の月がすすり泣いている │もしもあなたが ジャスミンの花々のなかの 白い春の亡霊であるなら あるいは 吟遊詩人たちが甘美に夢みた 古い空想の魔(シメール)であるなら わたしは古い歌の亡霊です 古い解きがたい愛の記号(しるし)なのです 世にも狂った 奇抜なことば アラビアの夜の白い夢 つやっぽい恋の歌 愛の歌 それをわたしのくちびるに歌わせてください わたしはまた愛の亡霊なのですから 月が死んだとき わたしの夢想も 曲りくねったイスラムの小路からもどった そうして東に太陽が むかしながらの笑いで笑っていた 訳注1 セビリヤ─中世にはイスラム王朝の首都で、「ジラルドの塔」「アルカザール」など、多くのイスラム建築による宮殿、教会で知られる。 訳注2 グラナダ─ここも十五世紀までイスラム王ボアブディルの首都で、アランブラ宮殿、そこにある「獅子の中庭(パテオ)」「ヘネリーフェ」庭園など有名である。 訳注3 シメール─ギリシャ神話における、獅子の頭、山羊の胴体、龍の尾をもって、口から火を噴く怪獣。空想、妄想の意にも用いられる。ここでは「空想の魔」と訳してみた。 訳注4 ガズール─不詳。 訳注5 イスラム風庭園─たとえば、グラナダの、空中庭園と言われるヘネラリーフェ庭園が連想されているのであろう。
(マチャード/アルベルティ詩集 1997年12月 土曜美術社出版販売)