年譜・資料など

自由  ポール・エリュアール 

 
 自由

                    ポール・エリュアール
                    大島博光訳 

小学生の ノートのうえに
机のうえに 樹の幹に
砂のうえ 雪のうえに
わたしは書く きみの名を

読んだ本の ページのうえに
石や血や 紙や灰の
すべての白い ページのうえに
わたしは書く きみの名を

金塗りの 絵本のうえに
戦士たちの 武器のうえに
王たちの 冠のうえに
わたしは書く きみの名を

ジャングルや 砂漠のうえに
小鳥の巣や えにしだのうえに
少年時代の こだまのうえに
わたしは書く きみの名を

不思議な 夜のうえに
月日の白い パンのうえに
移りゆく 季節のうえに
わたしは書く きみの名を

わが青空の すべての切れはしのうえ
陽にかがよう 池のうえに
月に映える 湖水のうえに
わたしは書く きみの名を

野のうえ 地平線のうえに
鳥たちの 翼のうえに
そして陰の 風車のうえに
わたしは書く きみの名を

明けそめる あけぼののうえに
海のうえ 舟のうえに
荒れ狂う 山のうえに
わたしは書く きみの名を

泡だつ 雲のうえに
嵐のながす 汗のうえに
どしゃ降りの 雨のうえに
わたしは書く きみの名を

光りきらめく 形姿のうえに
色とりどりの 鐘のうえに
自然のものの 真実のうえに
わたしは書く きみの名を

生きいきとした 小道のうえ
遠く伸びた 大道のうえ
ひとの溢れた 広場のうえに
わたしは書く きみの名を

燈のともった ランプのうえに
また消えた ランプのうえに
わが家の 団欒のうえに
わたしは書く きみの名を

わたしの部屋と 鏡との
二つに切られた 果物のうえに
うつろな貝殻のようなベッドのうえに
わたしは書く きみの名を

食いしんぼうで敏感な愛犬のうえに
ぴんと立てた その耳のうえに
不器用な その脚のうえに
わたしは書く きみの名を

戸口の 踏台のうえに
使いなれた 道具のうえに
揺れなびく 聖火のうえに
わたしは書く きみの名を

許しあった 肉体のうえに
友だちの 額のうえに
差し出された 手のうえに
わたしは書く きみの名を

思いがけぬ喜びの 窓硝子のうえに
待ち受ける くちびるのうえに
また 沈黙のうえにさえも
わたしは書く きみの名を

ぶち壊された 隠れ家のうえに
崩れさった わが燈台のうえに
わが不安の日の 壁のうえに
わたしは書く きみの名を

ぼんやりとした 放心のうえに
まる裸かの 孤独のうえに
そして死の 行進のうえに
わたしは書く きみの名を

もどってきた 健康のうえに
消えさった 危険のうえに
思い出のない 希望のうえに
わたしは書く きみの名を

力強いひとつの言葉にはげまされて
わたしは ふたたび人生を始める
わたしは生まれてきた きみを知るため
きみの名を 呼ぶために

自由よ