パブロ・ネルーダ

百の愛のソネット 昼(四十三番めのソネット〜五十三番めのソネット)



四三番めのソネット

おれはおまえの面影を探しまわる 他の女たちの中に
編んだ髪や ほとんだ沈むことのない眼や
泡の上を滑るように漕いでゆく 明るい足など
ざわざわと波うってゆく 女たちの流れのなかに

おれはふと おまえの半円形をした 捉えがたい
桜の花のような爪を 見つけたかとおもう
またおまえの髪が通りすぎ 波の中で燃える
おまえの 火のような姿を 見たかとおもう

いくら探しても おまえのようなときめきはほかにはない
おまえのようなまぶしさ 森のあるほの暗い粘土
おまえのような 小いちゃな耳は ほかにはない

おまえは背は低いが完璧だ 女のなかの女なのだ
おまえと一緒になると おれは愛し歩きまわる
女の ひろやかな ミシシッピーの河口地帯を

四四番めのソネット

おれがおまえを愛し 愛さないということを
分ってくれ 生命のありようには 二つあるからだ
言葉となった声は 沈黙の片方の翼であり
火のなかにも 冷たい半分があるからだ

おまえを愛するのは おまえを新たに愛し始めるため
無限をふたたび始め直すことのできるため
けっしておまえを愛することを止めないためだ
だからこそ おれはまたおまえを愛さないのだ

おれがおまえを愛し 愛さない まるでおれは
しあわせの鍵と あやふやで不幸な運命とを
おれの二つの手のなかに もっているかのようだ

おまえを愛するおれの愛には 二つの生活がある
だから おまえを愛さないときにも おまえを愛するのだ
だから おまえを愛するときにも おまえを愛するのだ

四五番めのソネット

たったの一日でも おれから遠く離れないでおくれ
そんな一日は長くて もうものも言えなくなるのだ
どこかで立往生している列車を じっと駅で
待ってる人のように おれはおまえを待っているのだ

たとえひとときでさえも 出て行かないでおくれ
一時間でも 心配が滴りおちる水のように溜って
そのうえ 家を探しまわる煙りのような不吉な想いが
くたびれはてた おれの心を苦しめにやってくる

どうか 砂の上のおまえの面影がこわれぬように
おまえの瞼(まぶた)が おれを置いてきぼりにせぬように
愛するひとよ 一瞬でも 出て行かないでおくれ

一瞬でも おまえが遠くへ行けば おれは叫びながら
大地をほっつきまわるのだ おまえは帰ってくるのか
それともおれを 死の思いにうっちゃっておくのかと

四六番めのソネット

いろいろな川や さまざまの露に うるおされ
讃(たた)えられる あの たくさんの星のなかから
おれは ただ おれの愛する星だけを選んだ
そしてその時から おれは夜と一緒に眠るのだ

この波 あの波 緑の海の波 緑の小川の波
冷たい緑の波 あのたくさんの波のなかから
二つとない風変りな波だけを おれは選んだ
それは おまえの身体(からだ)から切り離しがたい波なのだ

こうして すべてのしたたりが すべての根が
すべての光の糸が おれの方へとやってきた
夜明けだろうと 夕ぐれだろうと やってきた

おれとしては おまえの髪を愛(め)でているのだが
祖国が与えてくれる すべての贈物のなかから
おれは選んだのだ おまえの野育ちの心をこそ

四七番めのソネット

おれは振り返って 枝のなかのおまえを見てみたい
おまえはそこで だんだんに 果実になってゆく
おまえは 根から 昇ってくるには及ばない
おまえは 樹液の歌を うたっていればいいのだ

こうしておまえは始めて 匂い放つ花となり
女像へと変わるには 接吻(くちづけ)ひとつで事たりる
そしてついに 太陽と大地とが 血と空とが
優しさと甘美さとを おまえに与えるだろう

やがておまえの髪が 枝のうえになびくのが見える
それは茂みのなかで おまえが熟(う)れたしるしだ
その葉むれが おれの渇きに 近づいてきて

おまえのエキスが おれの口をみたすだろう
このくちづけは 大地から昇ってきたものだ
愛にみちた果実である おまえの血とともに

四八番めのソネット

しあわせな二人の恋びとたちはもはや一つのパンとなり
草のなかの 月に照らされるひとつぶの露となる
歩いてゆく その二つの影さえ ひとつになり
寝床には ただひとつ うつろな太陽がのこる

かれらの誠実さは まひるのようにまぎれもない
二人を結びつけているのは絆(きずな)ではなく 香りなのだ
彼らは喧嘩をしたり 約束を破ったりはしない
かれらのしあわせは 透(す)きとおった塔のようだ

歌と葡萄酒が 二人の恋びとたちのお伴をする
夜は二人に しあわせな花束をおくりとどける
たちまちカーネーションが二人の処で花さくのだ

しあわせな二人の恋びとたちには 終りも死もないだろう
生きている限り 何度でも生れては死ぬだろう
かれらは 自然の永遠さを手に入れているのだ

四九番めのソネット

昨日(きのう)は 昼の指と 眠ってる眼のあいだを	
静かに過ぎさり 今日(きょう)という日がやってくる
そして明日(あした)は 緑の足どりでやってくるだろう
あけぼのの流れを おしとどめるものはいない

そしておまえの手の流れを とどめるものもいない
まして 恋びとよ 眠りに落ちるおまえの眼を│
おまえは 垂直に落ちる光から夜の太陽へと
顛えながら 流れてゆく 時の流れだ

そして空は おまえのうえに その翼を閉じて
おれの腕のなかに おまえを連れてきてくれる
きちんときちょうめんに 不思議な礼儀正しさで

だからおれは歌いかけるのだ 陽と 月とに
海に 時間に ありとあらゆる遊星(ほし)に向って
おまえの昼の声と おまえの夜の肉体に向って

五〇番めのソネット

コタポスは言う おまえの笑いは 鷹(たか)のように
そそり立つ塔の高みから 落っこちてきて
おまえの空の血族の あの孤独な稲妻のように
この世の茂みを さっと一刀両断に 切り裂くのだ

おまえの笑いが落ちて切り裂くと 露のことばや
ダイヤモンドの水や 蜜蜂の光が 飛びあがり
むっつりと黙りこんでいた髭のあたりで  
太陽や 星たちの手榴弾(てりゅうだん)が 炸裂するのだ

暗い夜と一緒に 空が下へ降りてくる
鐘と カーネーションが 満月にかがやき
そうして 馬具商人の馬たちが つっ走ってゆく

どんなに おまえが おちびさんであろうと
おまえは 流星のように 笑いをまき散らし
自然は おまえをとおして 電気のような名声を保つのだ

五一番めのソネット

おまえの笑いは あの樹木を二つにひき裂く
銀いろの稲妻と かみなりをおもわせる
かみなりは空から落っこちて 梢(こずえ)でくだけ
剣の一撃で 木をまっぷたつにひき裂くのだ

雪の茂みにおおわれた 荒涼とした高原だけが
こういう笑いを 生み出すのだ 恋びとよ
それは 山の上の自由な空気から生れる笑いだ
アラウカニアの習性(ならわし)なのだ 愛するひとよ

わがアンデスの女よ 正真正銘のチャンの山女よ
さあ おまえの笑いの匕首(あいくち)で 暗いもやもやを
ひき裂いておくれ 夜も朝も 蜜色のま昼にも

そして茂みの小鳥たちが 空へ飛びたてるように
この生活の木をひき裂き うち砕いておくれ
光のような笑いを 気前よく ふりまいて

五二番めのソネット

おまえが 太陽に向い 空に向って 歌うと
おまえの声から 光の穀粒が こぼれ落ち
松たちは みどりの言葉で ささやきあい
冬の小鳥たちも トレモロで 歌い始める

そうして 海べの洞穴は 走りまわる足音や
鐘や くさりの音 うめき声で みち溢れ
がらくたや 鍋のたぐいが ちんちん音をたて
それに答えて キャラバンの車の輪が鳴りひびく

だが おれだけは おまえの声に聞きほれている
おまえの声は 矢の軽やかさと精確さで舞い上がり
また 雨のように 重おもしく 降りてくる

おまえの声は 高音(ソプラノ)の剣を まき散らしながら
すみれの花だらけになって もどってきて
たちまち おれを 空の方へ 連れてゆく

五三番めのソネット

さあ パンも 葡萄酒も テーブルも 住居も
男に必要なものは 妻も生活も みんなそろった
そこへ 目まいのするような平和が 駆けつけてきた
ひかりの中で みんなの陽焼けした顔が 燃えた

歌いながら 白い料理を つくろってくれた
小鳥のような おまえの二つの手を ほめてやろう   
そして 箒(ほうき)と一緒に踊った 踊り子さんの
軽やかで まめやかな足に あいさつをおくろう

あの 溢れる水と 脅迫にみちた 奔流
あの 泡の責苦のなかにとらわれた 四阿(あずまや)			
あの 燃えるような蜜蜂の巣と岩礁(がんしょう) それらもいま

おれの血の中での おまえの血の静まりとなり
夜のように青い 星をうつした 河床となり
やさしい愛情の はてしもない素朴さとなる



   縦書き by Nehan                [ トップページへ戻る]  [ 表紙] [ 戻る]  [ 次へ]